白河市といえば、白河の関が置かれて以来、みちのくの玄関口として知られており、松平定信で有名な白河藩があった場所です。藩の繁栄とともに米の生産量が増え、酒づくりも盛んとなり、麹の需要が高まりました。こうして白河には多くの麹店が誕生しました。そのひとつが「山口こうじ店」。白河で150年以上も麹を作り続けています。山口こうじ店の味噌は、福島県産米の米麹・自社生産の大豆・厳選した五島の塩のみで作られており、全国味噌鑑評会で3年連続理事長賞を受賞するなど高い評価を受けています。丁寧に洗った米に麹菌を吹き付け、温度と湿度を管理した室に保管します。ここでの菌糸が伸びて麹になる“立ち上げ”が麹づくりにおいてもっとも重要な工程だと言われます。温かく、甘い香りがただよう室の中で完成した麹と、すり潰した大豆、塩を合わせ、大きな容器の中で発酵・熟成させます。山口こうじ店では、一般的な味噌に比べて麹を1.2倍ほど多く使っていることに加え、麹の粒を潰さずに商品にすることで、麹の甘みを感じられる味噌に仕上げているそうです。たんぱく質含有量が多い大豆「エンレイ」の旨みが堪能できる「白河関のみそ」、希少な青大豆「秘伝」のさわやかさとコクが特徴の「ずんだ味噌」の2種類の味噌があり、どちらも同じ製造工程なのですが、豆の違いによって味が大きく変わるため、食べ比べを楽しむことができます。
一般的に腸活によいとされる発酵食品の味噌ですが、大豆が発酵して味噌になる過程において、たんぱく質分解酵素のプロテアーゼによって、旨みのもとであり、体内では作ることができない栄養素の必須アミノ酸が生成されます。また、大豆が主原料のため、たんぱく質や食物繊維が豊富です。大豆に多く含まれるレシチンは細胞膜の主成分である脂質の一種で、コレステロールの吸収を抑制したり、免疫力低下、動脈硬化を予防したりする作用があると言われています。このように、たんぱく質・糖質・脂質からなる三大栄養素をすべて摂ることができるのも味噌の魅力です。
山口さんが家業を継いだのは、2019年。当時は大学院を出たばかりの24歳で、これほど早いタイミングで経営者になるとは予想外だったといいます。東京から白河に戻り、未経験から経営を行うことは大変な苦労でしたが、「地域の中小企業の社長さんたちに支えてもらいました。地域の若者が減っていく中で“頑張ってくれよ!”と期待をこめてサポートしてくださったのだと思います。今でも感謝しかないです」と話してくれました。また、家業を継いだ当時は会社が経営難に陥っていましたが、「僕が諦めたらこの会社は終わり、長年の歴史が途絶えてしまうという危機感から、仕事を終えたあとに毎日6商品試作を行い、1年で約1800件、3年で5000件以上のデータを集めることができました。これが今でも財産となり、さまざまな需要に応える商品を提供できています。また、休遊農地を使って大豆の自社生産を始めるなど、より自信を持って提供できる商品づくりに取り組むことで、海外での商品展開もできるようになりました。需要が増えても、定番商品を欠品することなく、うちの商品のファンをどんどん増やしていきたいです」と味噌づくりへの熱い思いを語ってくれました。
山形県鶴岡市の「鼠ヶ関」、福島県いわき市の「勿来の関」と並び、奥羽三大古関のひとつとされている「白河の関」。奈良時代から平安時代頃に機能していた関所で、その跡地は国指定史跡の「白河関跡」として残されています。近隣には松尾芭蕉の句碑が建てられていますが、みちのくの玄関口である白河の関を越えることに特別な思いを抱き、多くの歌人たちが訪れたそうです。そして、多くの和歌に詠まれたことで、都の文化人たちの憧れの地にもなりました。現在この地を訪れると、伊達政宗が社殿を寄進したと伝えられる白河神社や松平定信が寛政12年に建立した古関蹟碑、「新古今和歌集」撰者の一人である藤原家隆(従二位宮内卿)が奉納したとされる推定樹齢約800年の従二位の杉など、歴史の面影を感じることができます。